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2017-09-01

上限はない

どんな事でも上限はない。

 

 

あるとしたらゲーム位だろうと思ってる。

 

 

諦めたらおしまいなのは解ってるけどもっと大事な事は【欲】を持つ事。

 

 

ここも最近は人によってまちまち。なんせ働き方や働く感覚が違う人も多いからね。

 

 

自分が正しいとは思っていない。

 

 

色々な考えや捉え方があるのは当然。

 

 

でもどんな世界や仕事の場面においても上はいる。野球やサッカーにしたってプロがあり同じ人間なのに巧さや収入だって全然違う。

 

 

美容師だって同じ。同業から見てカットの上手い人、早い人、メイクの上手い人、撮影が上手い人。売り上げが多い人、、、etc..

 

 

何処を切り取ってもありとあらゆるポイントに【秀でてる人】。自分と比べた時に【優れてる人】っていると思うし感じる事もあると思う。

 

 

体と脳があって時間は24時間猶予があって差が出来るのは、、そんな仕組みはなんでだろうって思いながら生きてきた。

 

 

大半の人がそんな感覚を抱いた事が一度はあるかと思う。

 

 

小学生からずっとサッカーをやってきたけど思い起こせばそんな事が多々あった。上手いし結果はすぐ付くし驚きと凄さを肌で感じた。

 

 

同じ年齢なのに。。。

 

 

子供の頃や学生のうちはただ「あいつは凄い」「上手い」で頭の中で処理をし、なんで凄いのかなんて分析しようともしなかった。

 

 

勉強も同じ。ちょこちょこっとやった感じでテスト近くまで一緒に遊んで「やばい、やばい」なんて騒いでいたのに赤点は逃れるどころかイイ点を獲る奴。「頭がいい奴。。。」と当時はもう、そうくくる事で頭で理解していた部分もあった。

 

 

美容師になって二十歳あたりのアシスタント真っ只中同じような感覚があった。同じお店で同期がたくさんいる中すんなりチェックに受かって次のステップに進む奴。

 

 

自分よりも早くあがり、練習はしていたけど自分よりしていたかと言えばそんな感じではないはずなのにあっさり超えていってしまう。笑

 

 

「しょうがない」。人は人などと言い聞かせながら自分で自分を奮い立たせて前に進むしかなかった。

 

 

【もっと上手くなりたい】想いはシンプルだ。

 

 

一歩ずつ階段を登り続けるしかない。

 

 

下を見たらキリがない。

登り続けるしかない。

 

 

アシスタントの時は冒頭に書いたゲーム性みたいなのがある。シャンプーからスタートしてとりあえずの終わりはスタイリスト。お店のカリキュラムをパスしていけばいいという仮の目標(階段)があった。

 

 

でもスタイリストになればもう自分でアップデートしていくしかない。何もしなければバージョンは上がらない。

 

 

例えばうどん屋に見習いで働き一通り学びノウハウなどを構築したのち自分で起業して自らブランドを立ち上げたとする。習った通り真摯にやっていてもそこそこ上手くいくと思うけどそれで満足してしまう、出来てしまうか、それとも更に、もっと!!今よりも何か新しいもの、他がやってない事、斬新なものetc,,,【もっと何か!!】と模索するかしないか。。。

 

 

結構別れ道のような気がする。

 

 

とりあえずお客さんも来てるし習った通りの作り方は体に染み込み手が慣れ疲れも半分になり仕事の要領もあがったし。。

 

 

【いいか悪いかといえば悪くはないか。。】そんなポジションでご満悦しきってしまうか。

 

 

どっちも働き方であるから

悪いとは言い切れない。

 

 

本人次第!とまとめるのが適当かもしれない。

 

 

自らこんなもんでいいと上限を決めてしまってはあたりまえだけどもそこまでの感覚や世界しか見えない。

 

 

それで満足出来る人はそれでokかもしれないけど自分は無理なタイプにあたる。

 

 

純粋に欲がでてしまう。

もっと先をみてしまう。

そして試みてしまう。。。

 

 

創意工夫とも言えるし

限界突破ともいえるかな?

 

 

いちいち構築するのに莫大な時間がかかったりする可能性もあるけど超えてからの仕事の楽しみが倍増するんだよね。

 

 

その感覚ってすごいワクワクもんですね。

 

 

だったら楽しんだ方が強い。

 

 

【上を見よう。】

 

 

【上限を決めないで楽しもう。】

 

 

 

 


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